この時の悔しさから部に昇格しなければという思いがたぎり会員数を増やす策として鑑賞部を創り、昭和37年にようやく望みがかなったのだが、私はそれを見届けたい気持ちもあり昭和36年に一旦卒業したものの、進路を変更し土木学科に学士編入し在学していた。
部への昇格は二代目ドラマー日下、同じくピアニスト枡山をはじめ同世代の鑑賞部を含めた面々の努力のたまものであり、紙面をお借りして感謝申し上げる次第である。部に昇格したことで私自身は達成感があり、一度卒業した身でもありダンモ研とは疎遠となっていった。
世はうつり平成11年夏、名古屋在住の’68年卒、小澤君が稲門クラブの活動として早慶JAZZ合戦を企画し、私も仲間にいれられその関係で40年ぶりに “J” での総会に出席させてもらった。
あまりの盛会さに驚き又プロへの登竜門にもなっていることを知り、面々とつなぎ発展させてくれた後輩達に感謝する気持ちでいっぱいになると同時に、音信不通になっている創始者下谷実をなんとか探し出してこの状況を見せてやりたいと思い、八方手を尽くしたところ横浜で元気にしていることが解り、肩の荷が下りた気持ちでほっとしているところである。
モダンジャズ研究会の創部40周年にあたり、創部以前のいわば紀元前の歴史を拙文ながらご披露させていただいた次第である。
最後になりましたがモダンジャズ研究会と皆様の益々のご発展を御祈念申し上げ、お祝いとさせていただきます。
Copyright © 1999–2012 Shigeo Nakamura. All rights reserved.
No part of this article can be reproduced in any form without the written permission of the author.
著作権について
No part of this article can be reproduced in any form without the written permission of the author.
著作権について