ダンモ研と私

2001-12-18

この時の悔しさから、部に昇格しなければ――という思いがたぎり、会員数を増やす策として鑑賞部を創り、昭和37年にようやく望みがかなったのだが、私はそれを見届けたい気持ちもあり、昭和36年に一旦卒業したものの、進路を変更し土木学科に学士編入し在学していた。

部への昇格は二代目ドラマーの日下、同じくピアニストの枡山をはじめ、同世代の鑑賞部を含めた面々の努力のたまものであり、紙面をお借りして感謝申し上げる次第である。部に昇格したことで私自身は達成感があり、一度卒業した身でもありダンモ研とは疎遠となっていった。

世はうつり平成11年夏、名古屋在住の’68年卒、小澤君が稲門クラブの活動として早慶ジャズ合戦を企画し、私も仲間にいれられその関係で40年ぶりに新宿 "J" での総会に出席させてもらった。

あまりの盛会さに驚き又プロへの登竜門にもなっていることを知り、綿々とつなぎ発展させてくれた後輩達に感謝する気持ちでいっぱいになると同時に、音信不通になっている創始者、下谷実をなんとか探し出してこの状況を見せてやりたいと思い、八方手を尽くしたところ横浜で元気にしていることが解り、肩の荷が下りた気持ちでほっとしているところである。

モダンジャズ研究会の創部40周年にあたり、創部以前のいわば紀元前の歴史を拙文ながらご披露させていただいた次第である。

最後になりましたが、モダンジャズ研究会と皆様の益々のご発展を御祈念申し上げ、お祝いとさせていただきます。

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