幹事長就任にあたって

2007-11-30

槙島和宏(82年卒・ts)

1982年卒の槙島 (ts) です。前幹事長の飯田氏からのご推挙、及び本年9月のOB会@高田馬場コットンクラブでの信任を頂きまして、幹事長を勤めさせて頂く次第になりました。何卒宜しくお願い致します。昨年ダンモ設立45周年記念のOB会が全日空ホテルで行われ、真に多くの方々の参加を頂きました。今年は46年目であるわけですが、46年前のダンモ設立当時のジャズシーンが如何にホットであったか、多くの方々の記憶にあろうかと存じます。46年前の1961年には、5月にJ・コルトレーンが初めてE・ドルフィーと競演し、11月には彼の有名なビレッジ・バンガードのライブ録音を残しています。あの頃にジャズをこよなく愛した我々の先達が、「鑑賞部」を含むモダン・ジャズ研究会を発足させコンテンポラリーな音楽を創造し国内学生ジャズシーンをリードし続けて来たことに思いを馳せると、非常に感慨深いものがあります。

小生がダンモ研を卒業したのが25年前ですので、これまでのダンモ研の歴史の中の真ん中あたりでお世話になったことになります。当時、年初登録部員数が100名を越える年もあり、合宿は大型バス2台 + ダンモ・カーで往復していました。この時期は、それ以前の時代と同様に多くの素晴らしいプロ・ミュージシャンを輩出し、或いはプロならずとも優れたアマチュア・ミュージシャンとして今現在まで元気にプレイされている方が非常に多い世代である、という意味で、ダンモ研のひとつのピークの時期であったように思います。実際、当時ライブハウスのセッションでも他大学との交流でも「泣く子も黙るダンモ研」と言われ、「ダンモ」と言えば早大のダンモ研を意味した時代でありました。その頃にダンモに在籍できた事は幸いであったと思っています。