「一生部員の消息の面倒見るのかよ」とふて腐れた頃もあったが…

2012-01-11

1990年代: 浅川宏樹さん (ts)

13:50 恵比寿駅に到着。改札前で待ち合わせをする一つ上の先輩方の懐かしい顔、既に長蛇の列をなしているお客様を横目に会場入り。 私は当日の係は特に承っていなかったので、入場された当会OBの方の受付への誘導役を買って出ると同時に、入場受付係の現役学生さんに自前のフライヤーの配布もお願い。ご案内した中には「あ、更にお金取られちゃうの、じゃあいいや」と、パンフレットを有料と勘違いされて素通りされた方もいらしたことをご報告しておきます (笑)。

15:00 そろそろ失礼して客席へ。とりあえず空きのあった最後列へ。イントロマスターの茂串邦明さんが入ってくる。50周年記念パンフの記事に「イントロでは客扱いされないので行かなくなった」と書いてしまった(笑)。まだ目は通していないだろうし、よもや今 目の前で会釈している私が書いたことは茂串邦明さんは知る由もないではあろうが、何とはなしに居心地悪いなぁ…(笑)。

中座して2階ロビーへ。子供連れでやってきたひとつ下の世代の奴が、入れ替わり立ち替わり子供を遊ばせにテラスへやってくる。親バカぶりは時々やり取りするメールの子供自慢でも伺えるが、嗚呼、ご自慢通りの可愛い子供達…。

舞台上手の扉から再突入。ちょうど目の前に同期が陣取っており、確保してもらっていた席へ落ち着いた。振り返ると本当に満席。 前夜に浅井利浩さんがFacebookに残した「当時上手かったとか下手だったなんて関係ない。人生の一時ジャズと関わった人間達が二百人も集まるんだな。それだけで胸が熱くなる」というコメントが思い出され、こちらも同様、胸が熱くなる。休憩時に津川洋一さん (tb) とすれ違い、祝賀会での乾杯直後の演奏、トップバッターを伝えられる。ジャズ演奏から離れて十有余年。すでにブラジル音楽のみを演奏している時間の方がジャズを追求していた年数よりも長くなっている。さあ、何ができるのだろうか。