50年史編纂の反省と今後の要望

2012-01-11

記念誌担当より: 前田又彦さん (鑑賞部)

50年史編纂に携わることが出来たのはとても幸運なことでした。この編纂事業を通じて、今までお付き合いになかった先輩や、後輩諸君と交流ができました。一番感慨深いことは、ダンモ研が50年も続いて今日存在することでした。

1960年代、ジャズがまだ一般的ではない時代でした。我々の世代は、アートシーンの前衛を追い求めて、ジャズを論じ合っていた青春時代でした。1966年、ジョン・コルトレーンの来日の際は、東京でのコンサートは全部聞きにいきました。

数年前、赤のれんの焼き鳥屋でBGMにコルトレーンの「至上の愛」が流れてきたときは感動しました。コルトレーンは「俺たちのものだ」と思っていたら、いつの間にか、誰もが聞き流すほど一般的な音楽となりました。50年間で音楽のジャンルはより多彩になり、バークリー・メソッドを習得すれば、ジャズやポピュラーを容易に演奏できるようになりました。そのおかげで、1980年代になるとダンモ研の部員は100名を超す大所帯になり、定期リサイタルでは昼の1時から夜8時ごろまで延々とバンドが繰り出される。すごい時代もあったのです。

50年も経てば当初の思いは変質し、主導権争いで分裂、部の消滅、などという事態がザラにある中で、良くこのクラブをつないできたものと感心します。

  1. 50年史編纂では、各年代が均等に紹介できなかったのは心残りがあります。やはり熱意のある年代が情報量も多く、そこにページが集中してしまいました。それと情報収集のタイミングのズレで、後からきた情報は組み込みにくいこともあり充分に反映できなかって点はあります。
  2. 情報提供者も何十年か前のことをまとめる際に、記憶違い、事実誤認が生じている恐れがありますが、編集者としては、そのまま掲載しておりますので、ご容赦願います。
  3. 1990年代と2000年代の20年間は充分な情報提供がなかったため、充実したページにはなりませんでした。 今後はデーターベースの標準を決めて、アーカイブを積み重ねて行って欲しいと思います。それには、現役がその年のできごとを大学に報告するのと同時にOB会にも報告する。またOB会も年次報告の形でできごとをまとめて報告書にする。このようにしておけば、次代の方も歴史編さんに苦労することがないと思います。
  4. それから、我々の時代には会誌、機関誌というのがありました。今、読んでみても感動する内容の読み物があります。クラブ内では色々な人材がいるでしょうから、そういう人達が発信することをまとめてみるのもいいのではないでしょうか。

以上が気がついたことです。

前田又彦 (卒年1968年・鑑賞部)