Monk 徒然..

2012-02-22

先週の金曜、2月17日はセロニアス・モンクの命日。1982年に無くなったので、今年はちょうど没後30周年になる。 それで明日2/23(木)、モンクの曲をピックアップしたライブを「J」でやらせて頂くことに..。それでちょっとモンクの事を思い出しながらネットで調べたりしてたんですが..

生まれは1917年・ノースカロライナだけど、小学校にあがる6歳でNYCへ。 世はまさに「禁酒法時代」で、アル・カポネ(写真)などのギャング一味が闇酒場を牛耳っていたまさにあの頃。 父親が精神病になって故郷に帰っても家族はNYCに残ってたと言うんだから、父親は見限られた? 父親は死ぬ直前まで行方不明だったらしい。 そういうわけで、モンクは母子家庭に育って姉と3人暮らし。 そのうち教会で弾くようになった。 数学・物理が得意で、高校は白人ばかりの学校に行ってたとか。 さぞ虐められただろうなぁ、当時は..。 それで結局その高校は中退して、教会の「伝道者バンド」で2年間全米各地をツアー。 凄いね、高校生だもんね(笑)。

NYCに戻った時に、彼の有名な 「ミントンズ」のハウス・ピアニストに。 ジャズ・ピアニストとして売り出した頃の彼は、A・テイタムみたいな弾き方をしようとしてたとか。 でも7歳も年下のバド・パウエルには敵わなくて、スタイルを変えたのかも? バド・パウエルのことを調べると「モンクと親しく、ジャズの理論はモンクから教わった」とか..(笑)。 この2人、50年代に入って揃って頭が少しおかしくなり、まずモンクが麻薬に手を出して51年初逮捕。 バド・パウエルは50年代後半におかしくなりました。 モンクは「人から評価されてない」と思ってたようです。

エド・サリバン・ショーに出たりして名を馳せたテナーのチャーリー・ラウズとのコンボが一番モンクのイメージが強いかも知れないけど、あれは「麻薬初逮捕」から10年後の61年に結成したバンド。 東京オリンピックの前年の63年に来日したバンドでもあるので、日本ではお馴染み。 でも、私が好きなwith Coltraneやwith Messengers、Monk’s Music, Thelonius Himselfなどのアルバムは全部私の生まれた1957年の録音なのであります(笑)。

ところで皆さん、モンクが生涯の間に残した自作自演の曲、最も多くの回数を録音したのはどの曲だったでしょうか..? これは、明日ライブを見に来てくれた皆さんにだけお教えしようと思います(笑)。 明日ご都合でおいで頂けない人も、たまには是非モンクの演奏、特にソロ・ピアノに耳を傾けて、安い渋い赤ワインでも飲んでみて下さい #b♪☆