武冨さん (鑑賞部 '68) から
2013/6/15 訂正
ピアノ・トリオはエロル・ガーナーに見られるようなワンマン・トリオという形が極普通の形態としての出発点だったのでしょう。その頃のトリオはピアノ演奏を聴かせるための編成ですから、ベースやドラムスはピアノに邪魔にならないようなリズムを送り出すことが使命であって、自らが目立ったりピアノを煽って盛上げるようなことはしないし、してはいけなかったのです。その後ビル・エバンスはベースやドラムスとのコラボレーションによる表現を志向し、その三位一体となったピアノ・トリオというスタイルを創造しました。
本稿「その1」でE.S.T.のスベンソンを紹介の時には触れなかったのですが、スベンソンもまた三位一体型のピアノ・トリオであると共に、上原ひろみのように様々なエレクトリックな仕掛けがピアノにもベースにもあり、ドラムスも今までにはない仕掛けがあります。その事は前回紹介しなかったのですが、ストックホルムでのライブ版がDVDでありますので是非ご覧になっていただきたいものです。こうした新しいピアノ・トリオ・スタイルの確立もE.S.T.の真骨頂なのでありました。
さて、今回のご紹介もフォービート・スタイルや新しいスタイルのトリオをごちゃまぜではありますが、良い物だけを選んでご案内していきましょう。
Walter Lang / ドイツ
Walter Lang Trio Plays Charles Chaplin[†] 大国ドイツゆえ多くのお勧めピアノ・トリオのアルバムがあっても良いのですが、どういうわけか名のあるグループを自分では思いつかないし、良いアルバムが浮かんできません。そういった状況の中で、彼のこのアルバムはご紹介に値する素晴らしいアルバムなのです。 彼は何度も日本に来ているし、日本中のあちこちでライブをやっているのでお聞きになった方もあるでしょう。中でも『Smile』は一曲入魂のこのアルバム中の白眉。 このアルバムはチャプリンの素晴らしい音楽性が彼をして良いアルバムに仕上げたとしか思えないのですが、チャプリンが凄いのか、ラングが神罹ったのでしょうか。 これ以外にも国内から出たアルバムがありますが、とてもこのアルバムに比肩できるような出来では無く、彼の一番のアルバムはこれに尽きます。残念なことに、このアルバムは大分前の輸入盤なので、中古市場で探すしかありません。
James Pearson / イギリス
The Best Things in Life イギリスも大国なので、それなりに大勢のピアニストが居てもおかしくないのですが、これと言って見当たりません。パッケージは幼い女の子が海岸の砂浜を駆けている写真で、これがこのアルバムの特徴を最大限に現わしています。如何にもイギリス人らしい端正さの中に、メジャーな曲調の中で温和で優しく良くスイングしたアルバムに仕上がっています。 黒人特有のノリとか節回しは少なく、白人ジャズというのがあるとすればまさしくこのよう明るく健康的なノリで、オランダのピーター・ビーツに近いものを感じます。最新アルバムではロニー・スコット・クラブでのライブ盤もノリノリで評判です。
Claes Crona / スエーデン
Crown Jewels 同国のスエーデンのスベンソン (E.S.T.) とは対照的に、ベテランピアニストらしく、スタンダードを中心に、オリジナルも交えフォービートでガンガン迫って来ます。ウンウンと唸りながらのノリはユーロの白人と言うよりも、むしろ黒人的なグルーブ感あふれたもので、大いに楽しませてくれます。人気ピアニストなのでしょう、この後も何枚か出ていて、どれも安定した出来栄えの作品となっていますが、中でも一番ノリノリなこのアルバムをご紹介しておきます。
Helge Lien / ノルウェー
To the Little Radio 日本企画によるスタンダード集でこのアルバムは良く売れました、それだけ良いアルバムであるとご紹介しておきます。スタンダードをやっているとは言ってもいわゆるフォービートとは言い難く、ユーロらしい斬新なノリとリズムが新しいピアノ・トリオのスタイルを志向しています。それでいて良くスイングしているから面白いのです。 もっとも彼の本筋はこのアルバムのようなスタンダード物では無く、多分にクラシカルの素養を持ったオリジナル曲に徹していて、このアルバムだけが例外だと思ってください。 このアルバム前後に何枚ものアルバムが出ていますがいずれもその手のアルバムです。この手のトリオはE.S.T.のスベンソンもそうでしたし、フランスのジャン・フリップ・ヴィレのトリオもまた同じように極めてクラシカルなもので、これをジャズだとは言わない人がいても不思議ではないでしょう。やっているかれらもまたジャズをやっているという意識は無いかもしれません。 ワールドワイドな現代的ピアノ・トリオの音楽をやっている、としか言えそうにありません。なお、このアルバムの録音は、音質ではナンバーワンと言われるオスローのレインボー・スタジオで、コングハウグの手によって録られています。リエンの音楽的特質が名エンジニアの技量のもとに活かされ、音質的にも素晴らしいアルバムになっていますので、オーディオにうるさい方にもお勧めいたします。広帯域で空気感と透明感があり、幾分か余韻のあるホール・トーンがこの手のピアニストにピッタリと合っているのです。
Jos van Beest / オランダ
Everything for You ごく当たり前に弾いているようでありながら、その音楽は甘くせつない美メロの名手。こんなピアニストがいることも、オランダがジャズ大国であることを表してはいないでしょうか。情に掉さして流れるままに川下りするものの、大岩が現れては良く避けて難を逃れ、決して破たんを来さず、ゆったりとした時間が流れる中で大人のジャズが楽しめます。それをサポートしているベースもドラムスもまたごく普通で、一見ワンマン・トリオの風情ですがこれが上手いのです。ユーロのリズム隊の上手さはアメリカのリズム隊とは幾分異なるものの、それをどのように表現したら良いか分からないのですが、おしゃれでそれでいて良くスイングしています。 他にもアルバムがありますがどれも良いアルバムですから曲で選ぶのも良いでしょう。澤野商会のアルバムは皆良い音で録られていますが、このアルバムは中でもオーディオ的にお勧めアルバムで、あっと驚くような音ではありませんが、全体的なバランスに優れた録音のアルバムです。
Ignasi Terraza / スペイン
In a Sentimental Groove スペインと言うとテテ・モントリューの名演を思い出します。このスペインもまたジャズがお好きな国で、この国から出るジャズアルバムに注目をしていると思わず良いアルバムにぶつかります。美メロの軟弱派ではなくハードバップ系の硬派そのもので、明るく強烈な日差しの下でガンガンと弾きまくります。 彼のメロディーやノリに新しいものを感じることは無く、その意味では古臭いのですが、リズム隊もそれに合ったバックを付けて、何か昔懐かしい思いがします。他にもアルバムがありますがこのアルバムが一番ノッテいると言えそうです。
Jean-Philippe Viret / フランス
Autrement dit 彼はベーシストですがリーダーとしてトリオを率いていて、このアルバムのピアニストはÉdouard Ferletです。ドラムスやベースがリーダーのアルバムは、ともすると彼らに焦点が当てられすぎて、ピアノが霞んでしまうことがありますが、このアルバムは決してそのようなことはありません。 これも澤野商会のアルバムで、彼はここから何枚ものアルバムを出しているのですが、このアルバムだけがスタンダードをやっていて、他のアルバムはヘルゲ・リエンの項でもご案内した通り、極めてクラシカルな素養に満ちたオリジナルばかりをやっています。それもお勧めなのですが、彼独特の解釈によるスタンダードもまた目新しく面白いのです。ピアノ・ベース・ドラムスが三位一体となった新しいスタンダードと思ってください。
武冨 学 (鑑賞部 '68)
2013/6/15 訂正 Helge Lienに関する記述内容がウェブサイト掲載時に欠落していました。 武冨様にお詫び申し上げます。
参考
Walter Lang Trio Plays Charles Chaplin, PJ Records, 1999 / PJ Records 99001.
^ 本作には再販盤のリリースが存在し、一方ではアルバム・タイトルが「[...] Charles Chaplin」ではなく、「[...] Charlie Chaplin」となっているもよう。
James Pearson Trio: The Best Things in Life, Diving Duck, 2004.
Claes Crona Trio: Crown Jewels, Dragon, 1999.
Helge Lien Trio: To the Little Radio, DIW, 2006.
Jos van Beest Trio: Everything for You, 澤野工房, 2001.
Ignasi Terraza Trio: In a Sentimental Groove, Swit Records, 2006.
Jean-Philippe Viret Trio: Autrement dit, 澤野工房, 2004.
武冨 学: ユーロのピアニスト (その1), 2013.
武冨 学: ユーロのピアニスト (その3), 2013.
武冨 学: ユーロのピアニスト (その4 最終回), 2013.
奥村・武冨 Talk Show (第52回OB総会・懇親会)
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